私は慎重に、駐車場に面した路地に入りました。
そしてスマートフォンを取り出し、何枚か写真を撮影しました。
薄暗い中でしたが、車種やナンバーが判別できる程度の距離から撮ることができました。
(こういう場合、日時や時間がわかるものを一緒に映したほうがいいのか?)
(シャッター音、やけに大きく聞こえる……部屋の中まで届いていないか?)
(いま、ほんの数メートル先の部屋に、元妻とあの男が二人きりで……)
ありとあらゆる感情が、一瞬のうちに頭の中を駆け巡りました。
このまま玄関ドアが開いて、二人が出てきてしまうのではないか。
見つかってしまうのではないか。
混ざり合った不安と怒り、そして恐怖で、思わず呻き声のような音が漏れてしまったのを覚えています。
あれは気のせいだったのか、本当に声が出ていたのか、今となってははっきりしません。
すぐに私は踵を返し、足早にその場から離れました。
自分の車へ戻る途中、探偵のイチタニさんにメッセージを送りました。
「いま、仕事の帰りにハシモトのアパートの様子を見に行きました。そこに妻の車がありました。」
間もなく既読となり、返信が届きました。
「いま話せますか?」
「はい、大丈夫です」
電話が鳴り、私は歩きながら応答しました。
イチタニさんは、まず私の今の状況を丁寧に確認し、
その上で、現場を見てしまった私の精神状態を気遣う言葉をかけてくれました。
「辛いでしょうが、どうか今は感情的にならないでください。
部屋に乗り込んだりせず、ここはぐっと堪えてください。」
その言葉に、私はやっと現実に引き戻されたような気がしました。
そして改めて、元妻とハシモトに対して、強い憎しみが込み上げてくるのを感じました。
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その後も、私の“個人調査”は続きました。
この後の行動が、のちの展開を大きく動かすことになります。
ある日、リビングに置かれていた元妻のスマートフォンに目が留まりました。
何のタイミングだったかはよく覚えていませんが、
元妻が席を外し、10分ほどは戻ってこないことが分かっていた瞬間でした。
私は意を決してスマホを手に取り、画面にタッチしました。
すると、ロック解除の暗証番号入力画面が表示されました。
機種は指紋認証にも対応していたはずですが、
ロック解除には4桁の数字が必要なようでした。
私は少し考えた末、ある番号を入力してみました。
それは、飼っていた愛犬の名前を数字読みした4桁の番号でした。
画面が開きました。
一発でロックが解除されたのです。
私はその瞬間、恐怖と焦りに手が震えましたが、
中を見ることに対して罪悪感は一切ありませんでした。
「これでようやくハシモトとの関係を立証できる証拠が手に入る」と確信し、操作を進めました。
しかし、そこで私は予想もしていなかった、
元妻のさらに深い闇と向き合うことになるのです。